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2018年11月03日

「達観」の意味と使い方・読み方・例文・語源・対義語・類語

「達観(たっかん)」という言葉の意味を知っていますか。どんな人のことを「達観した人」というのでしょうか。達観の意味と、その使い方について解説しながら、どうしたら達観した生き方ができるようになるのかについても考えていきましょう。

「達観」の意味と使い方・読み方・例文・語源・対義語・類語

「達観」の意味と使い方

「達観」の意味と使い方・読み方・例文・語源・対義語・類語

みなさんは「達観」という言葉を、普段の生活のなかで見聞きする機会はあるでしょうか。ちょっと難しく感じる言葉です。若い学生さんたちや、社会人になったばかりの方などにはあまり馴染みのない言葉ではないでしょうか。

「達観」とは、「広い大きな見通しを持っていること」「目先の些細なことに惑わされず、心理や道理を悟っていること」「何があっても動じない心であること」という意味があります。雲の上から地上を見渡しているような、大きく全体を見通した視点からものごとを考えたり、感じたりすることができるということです。

「あの人の生き方は達観してるなぁ」と、尊敬の念を込めて言ったりします。どんな困難に直面しても、ジタバタせずに冷静に事にあたれる人のことを「達観した人」と表現します。

「達観」の読み方

「達観」の意味と使い方・読み方・例文・語源・対義語・類語

読み方は「達観」(たっかん)です。どこかで聞いたことがありますか。友達同士の会話の中には、きっとあまり登場しない言葉ではないでしょうか。

達観(たっかん)という言葉は、どんなときに、どのように使う言葉なのでしょう。

「達観」を使った例文

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「達観」は具体的には、どんなふうに使われる言葉なのでしょう。つぎのような言い回しを、あなたも新聞や雑誌の記事などで読んだことがあったり、テレビなどで聞いたことがあるのではないでしょうか。

達観する

「達観」は名詞ですから、動詞として使う場合は「達観する」とか「達観しない」というように使います。

達観することは、簡単なことではありません。簡単にはできないからこそ、それができている人のことを皆が尊敬し、自分もそうなりたいと願うものなのでしょう。

達観できない

「わたしは、そこまで人生を達観できない」というように使います。広い大きな視野で物事を見通すことなど、まだ未熟者の自分にはできないという意味です。

人生まだ道半ばで、自分の行き先や将来の夢など、まだ決められないことばかりで、道に迷っている最中には、達観したものの見方なんてできないということを言っています。

「今日明日の細々としたことばかりが心配で、なかなか将来のことまでは考える余裕がない」という状態では、達観することは難しいでしょう。

達観の境地

「彼はまだ若いが、彼の言動は達観の境地に至っているように感じる」というように使います。すべてを見通していて、遠い将来の情勢などにもしっかりと思いをはせて物事にあたっているような人を表す時に、このようにいいます。

達観の境地に至ることができたら、現在の小さな不安などからは解放されて、もっと自由な発想で生きられるはずですが、なかなかそうはいきません。

人生も終盤に差し掛かったなら、何もかもを達観の境地で見極め、どっしりと構えていたいと誰もが願うのではないでしょうか。

「達観的」の意味と使い方

「達観」の意味と使い方・読み方・例文・語源・対義語・類語

「達観的」という言い方もよく出てきます。名詞の「達観」に接尾語「的」が付いたもので、「達観」を形容動詞化した言葉です。

「達観的な言い方」とか「もう少し達観的にものを見なさい」などの使われ方をします。「あの人の意見はいつも達観的で尊敬するが、自分は到底そんな境地には達することができない」などと嘆いている人も多いのではないでしょうか。

「達観的」をつかった例文

「達観」の意味と使い方・読み方・例文・語源・対義語・類語

「達観的」をつかった例文を見てみましょう。

達観的な見方

「彼は、その問題に対して達観的な見方を示していた」というように使います。ある問題に対して、目先の細々としたことだけに迷わされることなく、広い視野で考えて、自分の意見を示したということです。

「達観的な見方ができるようになるためには、どんなふうに毎日を過ごせば良いのだろうか」というような疑問が心に浮かんでくるでしょう。つい目先の小さい出来事に心を囚われて、自分の損得ばかりを考えてしまいそうになるのは、心が弱いせいなのでしょうか。

達観的な見方ができるようになれば、世の中の見え方が変わってくるのでしょう。

妙に達観的

「達観」の意味と使い方・読み方・例文・語源・対義語・類語

「妙に達観的なことを言う子供だった」こんなセリフを聞いたことがありますか。まだそんなに人生経験のないはずの子供が、悟りきったようなことを言い出したら、わたしたち大人は舌を巻いてしまいます。

子供なのに、妙に冷静で、大人びた考えを持つ子も、あなたのクラスにも、一人ぐらいはいたのではないでしょうか。

若いうちから妙に達観的な人は、ともすれば「冷めている」とか「諦めている」「夢が無い」などと言われてしまう場合もあります。あまりに真理を突いた物言いをされると、言われた方は逆に熱くなって反発してしまうということも起こります。

「達観視」の意味と使い方

「達観視」という言い方もよくされます。「達観視」の意味は「達観」と同じで、達観したものの見方ということです。「達観する」も「達観視する」も同じ意味合いで使われます。

「人生を達観視すると、大事なものが見えてくる」というように使います。複雑な現代社会の悩みも、達観視することができれば、意外と簡単に解決策が見つかるのではないでしょうか。

「達観」の対義語・反対語

「達観」の意味と使い方・読み方・例文・語源・対義語・類語

「達観」という言葉の意味は理解できたでしょうか。少し感覚的な意味の言葉ですから、分かりにくい点もあるでしょう。そんなときは、反対の意味の言葉を知ることで理解しやすくなります。

「達観」と反対の意味の言葉には、どのようなものがあるでしょうか。反対の意味の言葉のほうがいろいろと当てはまるという方は、達観の境地には程遠い生活をしているということになるでしょう。

いくつか例を挙げて見ていきましょう。

固執

「達観」の意味と使い方・読み方・例文・語源・対義語・類語

「固執(こしつ)する」とは、かたくなに自分の意見に執着して、譲らないという意味です。また、役職や地位にこだわって譲らない様子を表すときにも「議員という立場に固執する」などというように使います。

目先の細かいことにこだわらずに、広く物事を見通すという意味の「達観」とは、反対です。

「成功することにだけ固執しないで、失敗しても良いから、多くの経験を積むことが大事だ」なんていうスローガンもありそうです。

刹那的

「刹那的(せつなてき)」とは、先のことは考えずに、目の前の今この瞬間だけが充実していれば良いという考え方のことです。

考え方のことだけでなく、実際の非常に短い時間のことを意味する場合もあります。「刹那」とは、仏教における時間の概念のひとつで、最小単位を表します。

「刹那的な喜び」「刹那的な生き方」というように使われます。「今が良ければ後のことはどうでもよい」という否定的な意味ばかりではなく、「いまの一瞬一瞬を大切にする」という意味でも使われます。

こだわる

「こだわる」とは、気持ちが何かにとらわれて、自由に考えることができなくなり、物事が滞ってしまうことを言います。ちょっとした細かいことに心が囚われて、広い視野で物事を見られなくなっている様子のことです。

しかし、悪い意味ばかりでなく、「物事に妥協しないで、とことん追求する」という姿勢を表す言葉でもあります。「こだわりを捨てたら負けだ」という場合もあるでしょう。

こだわり過ぎて失敗することもあれば、妙に悟ったような態度をとって絶好のチャンスを逃してしまうということもあるでしょう。なにごとも加減が大事だということではないでしょうか。

「達観」の類語

「達観」の意味と使い方・読み方・例文・語源・対義語・類語

「達観」は少し難しい言葉のように感じますが、このような状態をほかの言葉で表すこともできるのでしょうか。「達観」と似たような意味を持つ言葉には、どんなものがあるでしょう。

世の中の真理を悟って、大きな視野で物事を見ることができ、先のことを考えることができるという意味合いがある言葉を探してみましょう。

悟りを開く

「達観」の意味と使い方・読み方・例文・語源・対義語・類語

「悟りを開く」とは、ものごとの心理を感じ取ることです。「悟り」とは理解すること、気付くことをいい、心の迷いをなくして心理を会得することで、仏教の世界で耳にする言葉です。

仏教徒でなくても、日常的に使われている言葉ですが、日常生活の中で悟りを開くのはなかなか難しいことでしょう。

悟りを開くまで修行するということは、並大抵のことではないように感じますが、ちょっとしたきっかけで大切な何かに気付くという経験は、みなさんにもあるのではないでしょうか。

悟りを開くとまではいかなくても、日々の生活の中で、少し前の自分なら気付いていなかったことが、今なら理解できるということも、とても大切なことなのではないでしょうか。

感得する

「感得(かんとく)する」とは、奥深い道徳や心理などを感じとって会得することです。また、神や仏に信心が通じて、望みがかなえられることも「感得する」といいます。

「偉大なる自然の力を感得した」という言い方をしますが、少し難しく感じる言葉です。「達観する」という言葉よりもさらに馴染みが無い言葉です。

ちょっと神秘的な体験をするような感覚なのでしょう。理屈でわかるのではなく、直感的、感覚的にわかる・理解する・気づくといった感覚です。

超然とする

「超然(ちょうぜん)」とは、物事にとらわれないで平然としている様子のことです。世俗的な事柄から抜け出ている状態であるということで、「達観」と同じような意味を持っています。こちらも少し難しい言葉です。

「達観」しているか診断するチェック項目

「達観」の意味と使い方・読み方・例文・語源・対義語・類語

達観することは、なかなか難しそうですが、どんな人が達観した人と言えるのでしょうか。いくつかのチェックポイントを押さえておきましょう。

執着しない

細かいことに執着しないというのは大事なことですが、難しいことでもあります。時間が経って振り返ってみたときに、どうしてあの時は、あんな小さなことに執着していたのだろうと感じた経験は、みなさんもあるのではないでしょうか。

最初から、小さなことに執着しないで人生を歩むことができたなら、こんなに遠回りをしなくても良かったかもと後悔したことがある人も多いでしょう。

何かを手に入れるには、何かを手放さなければならないということもあるでしょう。一つのことに執着して、新しい何かをつかむチャンスを逃している場合もあります。

損得勘定しない

人はどうしても、自分にとって損か得かで物事を判断しがちな生き物です。目先の小さな利益に目がくらんで、もっと大切なものを失ってしまうといった過ちを犯すことがあります。

自分が良いと信じたことなら、たとえそれが一円にもならなくても、骨折り損になろうとも、信じたことを貫き通すことができたら、きっと清々しい気分になれることでしょう。

躊躇してしまう心を動かすのは、目先の得ではなく、自分自身の信念であるべきでしょう。

見栄を張らない

人はどうしても見栄を張ってしまいがちです。本当は違うのに、つい見栄を張ってしまって、本心とは裏腹の行動をとってしまうということも、ありがちなことです。

人にどう見られているかを気にするあまり、本来の自分を捨ててしまったり、周りに合わせすぎて、自分自身を苦しめたりしてしまったという経験がある方も多いのではないでしょうか。

見栄を張ったばっかりに大事な人を傷つけてしまう、ということもあります。とっさの判断を誤って、本当に大事なものを失わないようにしましょう。

人と比較しない

人と比較して、自分で自分を貶めてしまったり、あるいは親しい誰かと他人を比べて、心無い言葉をその人に浴びせてしまったりした経験のある方もいるでしょう。

誰かと比較しても意味はないのだとわかっていても、つい他人が羨ましく思えたり、どうして自分だけがこんな目に合わなければいけないのかなどと悲観してしまうことも、みなさん一度は経験したことがあったのではないでしょうか。

自分は自分、人は人、そんなふうに考えて、いつでも自然体で生きることができたら、人生はもっと楽になるのではないでしょうか。

許す

他人や社会に腹を立てて、いつもイライラしていては、いろいろなことが冷静に判断できなくなってしまいます。

完全な人間なんて、自分も含めてどこにもいないことを理解すれば、他人の失敗や迷惑だなと感じるできごとも、自然と許すことができるのではないでしょうか。

迷惑をかけあいながら人は生きています。しかし、人と人とが関わりあう中で生きていくには、お互いに許しあいながら、助け合って生きていくしかないです。

人は一人では生きていけません。しかし、一人一人は個性や事情がさまざま異なっています。何でも自分の思いどおりに行くはずはありません。他人を許すことで、自分も楽になるでしょう。

達観した生き方ってむずかしい

「達観」の意味と使い方・読み方・例文・語源・対義語・類語

いかがだったでしょうか。達観した人になるのは、なかなか困難な道のりのように感じます。初めから達観できている人なんて、そうそういないでしょう。

人はいろいろな経験を積んで、後悔しながらたくさんのことを学んで、反省することを繰り返しながら少しずつ成長していき、やがてそれぞれの道を見つけ出すのでしょう。

自分一人では経験できないことも、目上の人の話を聞いたり、本を読んだり、誰かと意見を交わしたりしながら、いろんなことを自分の中に吸収して、自分なりの答えを導き出しましょう。

そんな中で、達観した人に出会えたり、達観した記事を読んだりして、自然と自分で気付くことがあったりするのではないでしょうか。そうしていつか、あなたも達観したものの見方ができるようになっていることでしょう。

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