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ちゃっかりしている人の特徴・特をするのか・しっかりとの違い

ちゃっかりしている人の特徴・特をするのか・しっかりとの違い
「あの人ちゃっかりしてるよね」という評価はあまり聞こえの良いものではないでしょう。ちゃっかりというのは時に、外から見ると図々しく見えるものです。しかしちゃっかりは聡く、チャンスをつかみやすいという一面もあります。ちゃっかりの言葉の意味や特徴などをご紹介します。

初回公開日:2019年2月25日

更新日:2019年2月25日

記事に記載されている内容は2019年2月25日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。

また、記事に記載されている情報は自己責任でご活用いただき、本記事の内容に関する事項については、専門家等に相談するようにしてください。


ちゃっかりの意味と使い方

広辞苑によると、ちゃっかりというのは「行動に抜け目がなく、はた目にはずうずうしく映るさま。」とあります。どのような局面におかれても自分の利になるチャンスを瞬時に掴むその瞬発力は、まさに「抜け目のない行動」と形容されてもおかしくはありません。

また「ちゃっかり者」は言葉の持つ意味合いからして、あまりほめ言葉に用いるものではないでしょう。どちらかというと悪口や呆れが込められた言葉です。

例えば道で配っているポケットティッシュを必ず受け取るとか、周りがバタバタしている隙に自分だけさっさとランチを済ませている人などに「あなたは、ちゃっかりしているよね」と呆れと笑いが混ざった調子で投げかける、という具合です。

類語

「ちゃっかり」の類語には「抜け目がない」のほか「どさくさに紛れて」「混乱に乗じて」などがあります。どちらも周りの喧騒から一歩引いたところに身を置き、常にチャンスが到来するのを静観し、いざとなると瞬時に掴み取る、鋭い人物を想像させます。

どことなく火事場泥棒のような意味合いも感じさせ「ちゃっかり」という言葉に人々の小さな憤慨が込められているのも受け取れます。

ですが「ちゃっかり」という言葉にはその人物の愛嬌も表現されていますので、もし「あなたはちゃっかりしているんだね」と言われても、そこには少なからず愛は込められているはずです。

語源

「ちゃっかり」の語源は様々いわれており、大正から昭和初期に学生たちが作った俗語という説、「ちゃんと」という言葉がなまったという説、また「ちゃんとする」と「しっかりした」が合わさって擬態語となった説などがあります。

このように諸説ありますが、明確にこれというものは示されていません。しかし「ちゃんとしっかりしていること」がちゃっかりの語源であるとすると、ちゃっかりが必ずしも悪い意味でとらえられていたわけはなかったことがうかがえます。

また、ちゃっかりした考え方のことを「ちゃっかリズム」と表現したりと、言葉のみならずちゃっかりした人物を愛情もって受け止められていたのでしょう。

ちゃっかりしている人の特徴

ちゃっかりしている人というとなんとなく、ずる賢そうであるとか自分の利益に貪欲であるイメージを抱きがちです。ですが、計算高く抜け目ない行動とは裏腹に非常に無邪気で憎めない性格を持っています。

また、自分にめぐってきたチャンスを逃さないようにアンテナを張ることなどを無意識に行える才能を持っていますので、高い審美眼の持ち主でもあります。

またちゃっかりしている人は、チャンスを逃しはしませんが同時に降りかかる「目的とは関係のない苦労」を上手に避ける能力も持っています。要領の良い人物であることが多いでしょう。

落語の中のちゃっかり者

日本古来の伝統芸能である落語の中には、さまざまなキャラクターが登場します。ケチな人やせっかちな人、放蕩息子に粗忽者など、落語の中の江戸の町は個性豊かでとても楽しげです。また、ちゃっかりしたキャラクターも落語によく登場する人物の一人といえます。

丁稚奉公の少年として描かれることの多いちゃっかり者のこのキャラクターは定吉といい、幼く愛らしい性格で描かれますがすぐに駄賃をねだるなどちゃっかりした一面も強調されやすいキャラクターです。

噺によって切れ者であったり出来の悪い子であったりとキャラクターの様子は変わりますが、落語の登場人物の中ではなかなか要領の良いキャラクターといえます。

定吉

定吉は商店の小間使い、丁稚奉公の少年として描かれることが多い、落語では定番のキャラクターです。十代前半あたりの年頃であることが多く、ややこまちゃくれであり、生意気な一面を持っています。

主人を手伝う代わりにお駄賃をねだったり、主人の暇つぶしに知恵比べをしたりなどの切れ者として描かれることもあれば、一を聞いて十を忘れるようなうつけとして描かれることもあるキャラクターです。

また定吉は芝居好きとして有名で、その程度は「三度の飯を四度食う」と言われるほどのものです。ですが、芝居好きが高じて様々失敗もしている憎めない人物でもあります。

定吉のちゃっかりした一面がよくわかるのは「引っ越しの夢」という噺でしょう。この噺は口入屋という今における職安で、とある商店が女中を探すところから始まります。

おかみさんは定吉に「器量のよくない娘を」と頼みますが、それでは面白くない番頭が定吉に小遣いをやる約束で「べっぴんな娘」を連れてくるように命じ、やってきた美人の女中さんにあの手この手でセクハラを仕掛けようと、番頭はじめ商店の若い衆たちが奮闘する噺です。

定吉がメインで登場する話ではありませんが、ことあるごとに小遣いをねだったり主人の気を良くするために太鼓持ちをしてみたりと、自身の得のために余念のない姿を見せてくれます。

また、おかみさんに美人な女中について問い詰められた時などに「今年は女中の出来が良いそうで」と粋にかわす機転ものぞかせています。

与太郎

与太郎は、定吉と対極をなす粗忽者のキャラクターです。落語の中では一番有名なキャラクターであり、とんちんかんで間抜けな回答を連発するうつけ者として描かれます。

このため、天然ボケで突拍子もない行動を繰り返す人のことを「与太郎」と呼ぶこともあり、愚か者の代名詞にもなっています。与太郎はのんきでぼんやりした楽しい性格で、無邪気で愛嬌がありとてもかわいらしいキャラクターです。

何を教えてもめちゃくちゃな解釈をし、場をしっちゃかめっちゃかにする役割を与えられており、与太郎の登場する噺は爆笑ものが多いのも特徴です。

ちゃっかりは得をするのか

ちゃっかりした人は、自分が痛い目を見ず、かつおいしいところを余さずとっていけるように上手く立ち回ります。ゆえに、ちゃっかりした人は基本的には得をすると考えてよいでしょう。

しかし、チャンスをものにするとか得をしたいと考えるのは誰でも同じです。そのため、ちゃっかりした人の持つ利益への審美眼にいつも一歩先を行かれ悔しく思っている人は少なくはありません。

自分の生まれ持った能力であるのはもちろんですが、ちゃっかりとおいしいところを持っていく姿に逆恨みされることも少なくないでしょう。その点では、得も高ければ損もする性格といえます。

漁夫の利?

広辞苑によると「漁夫の利」とは「双方が争っているすきにつけこんで第三者が利益を横取りすること。」とあります。ちゃっかりした人はその場の空気を察知し、自分に得になるか損になるかを無意識のうちに選別しています。

そのため、争いやいさかいなど巻き込まれると厄介なことになる状況ではできるだけ息をひそめ、状況が好転、自分に得になる展開へと変わった時に初めて行動を起こします。

使うべき時に力を使い無駄のない行動を取りますが、それは計画的に物事を運んだというよりは事態の好転や勝機を見計い、飛び込んで利益を得ている方が近いでしょう。「能ある鷹は爪を隠す」というよりも「漁夫の利」に近い印象を持たせます。

結婚

ここまで述べてまいりましたちゃっかりした人へ抱く印象は、正直に言ってあまり良いものではないことでしょう。しかし、ちゃっかりした人との結婚は、必ずしも悪いものではありません。

なぜならちゃっかりした人は勝機を掴む才能に長けているため、ちゃっかりした人と結婚するといざというタイミングを逃すことがぐっと少なくなります。さらに、ちゃっかりした人は安売りなどの「お得情報」にとにかく鋭く反応します。

そのため、今まで行きそびれていたバーゲンやセールを逃すということもなくなっていくことでしょう。また、ちゃっかりした人は仕事の面でも功績をあげていくことが上手といえます。出世頭として第一線で活躍するパートナーは、キラキラしていて素敵ではないでしょうか。

ちゃっかりとしっかりの違い

ちゃっかりの語源は「ちゃんと+しっかり」だといわれています。しかし「ちゃっかり」と「しっかり」には大きな違いがあります。

広辞苑によるとちゃっかりは「行動に抜け目がなく、はた目にはずうずうしく映るさま。」、しっかりは「堅固でゆるぎないさま。堅実で信頼できるさま。」などと書かれています。

ちゃっかりというとのらりくらりとスマートに利益を獲得して雲のように姿をくらますイメージがありますが、しっかりのイメージはもう少し頑固で実直な人物でしょう。

ちゃっかりした人が一瞬の隙も見逃さずに行動を決めているとすれば、しっかりした人は一瞬も隙を作らないように常に気持ちを張りつめさせている印象です。語源となった言葉がここまで「ちゃっかり」のイメージと離れているのは、大変興味深いことです。

しっかり

「しっかり」という言葉には「実直で心が定まっている」「気を確かにもつ」「万端に準備しておく」などなど、様々な意味合いが含まれています。現代では「ぎっしり」と同義に使われることもあります。

しっかりの語源は「悉皆(しっかい)」という言葉で「ことごとく、みな全て」という意味を持っています。悉皆とは反物を着物に仕上げるときに職人と職人の間を取り持つ「悉皆屋」という職業からきています。

悉皆屋とは着物制作の編集員のような人間で、問屋から受けた着物のイメージや実際の地色の相談、できあがった着物に傷や汚れがないか入念にチェックし、最終的に問屋に届けに行くという責任の重い仕事でした。

ミスなく気持ちを張ってまっさらな着物を届ける仕事ですから、しっかりの語源であるのも大変納得できてしまいます。

うっかり

広辞苑によると、うっかりとは「気抜けして、ぼんやりしたさま。物事に気づかず、不注意であるさま。」とあります。語源は「浮く」から来ており、心が浮いていて定まらない様子を表現しています。

したがって、古くは美しいものに心を奪われてうっとりしている様子も「うっかり」と表しました。現在では、注意不足であったりど忘れしていたというような意味合いで使われることが多い言葉です。

ちゃっかりとは当然対極にある言葉で、チャンスの到来を虎視眈々と狙うちゃっかりとは裏腹に、どちらかというとトラブルメーカーのような人物を想像させます。

粗忽者

粗忽者とはそそっかしいあわて者のことをいいます。粗忽者の登場する噺はありえないような勘違いばかりが連鎖し、粗忽者たちはうっかりしていていつも何やら慌てふためいているので自分たちのミスには気が付きません。

落語においての粗忽者は非常に注意散漫で、落ち着きのない人物として描かれることが多いです。

「堀の内」という落語の主人公も例にもれずあわて者で「堀の内の御祖師様」にお参りに行くことが目的であるのに、知らない人の家に上がりこんでくつろいだり、握り飯と間違えて妻の枕を持ってきていたりと、度重なるうっかりで笑いを誘います。

この噺は、人が一度はやってしまったことがあるうっかりした間違いを大げさに、何度も繰り返している点で非常に共感性が高いといえます。

ちゃっかりしている人が嫌われる原因

「あの人、ちゃっかりしているよね」「あなたは、ちゃっかりしているね」という言葉が褒め言葉ではないように、ちゃっかりした人はその性質から、あまり良い印象を抱かれないタイプが多いです。

めぐってきたチャンスを見逃さずに飛び込んでいくところから、どちらかというと嫌われているタイプの人も少なくはないでしょう。では、ちゃっかりした人はどういったところで嫌われるのでしょうか。

様々な理由はありますが、ここではちゃっかりした人が嫌われる3つの原因をご紹介していきます。嫌われる原因を解明して、ちゃっかりした人を分析していきましょう。

嫌われる原因1「図々しい」

ちゃっかりした人は、往々にして図々しいふしがあることは否めません。「自分が得をしたい」という目的にとらわれて、周囲の目や同じように得をしたいと考えている引っ込み思案な人たちを気にしなくなってしまうパターンです。

もちろんただ図々しく押しのけているというわけではないのが「ちゃっかりした人」の美徳ではあるのですが、こういったタイプの人は自分に利益があるようにうまく話を進めていくという巧妙な話術を持った人が多いです。

その策士のような切れ者ぶりから、利益を取られてしまうと敬遠されてしまうことも少なくないといえます。

嫌われる原因2「利己的」

ちゃっかりした人は基本的に、自分の利益になることを発見するのが非常に上手といえます。常に躍起になって利益を探しているというよりも、物事を静観しているうちに自然とそれが見えてくるのですから仕方がありません。

ですが、そういった面を「利己的なやつだ」と受け止める人がいることもまた否定できません。利己的であることはちゃっかりした人の才能ですから、そういう意見はほとんど「あいつばかり得をしやがって」という趣旨の逆恨みか、ねたみに気持ちの原点が存在しています。

しかし余計ないさかいを避けるためにも、利己的な一面は上手く隠しつつ目は光らせる「能ある鷹は爪を隠す」作戦を用いてみるのも良いでしょう。

嫌われる原因3「がめつい」

ちゃっかりした人は、お礼があるといわれた約束を忘れたりはしません。そのため、なるべく巻き込まれないようにしている争いやいさかいを耐え抜き活躍した案件で、お礼が出ないということを何が何でも阻止しようとします。

それがどんなに些細なことだとしてもです。相手が少しでも先延ばしにしようとしているなら、容赦なく突っ込んでいき細かく話を問い詰めようとします。

一度約束したお礼の話ですから受け取ること自体は当然ではあるのですが、人によってはその問い詰める姿勢に「がめつい人だなあ」という印象を抱くこともあるでしょう。

ちゃっかりした人の愛嬌

ちゃっかりした人は、少しクセも強く嫌われやすい特性を持っていることは否定できません。しかし、落語などの伝統芸能に多数登場するちゃっかりしたキャラクターたちはみな愛嬌たっぷりでどこか憎めない可愛げを持っています。

また「ちゃっかり」という言葉からも「ああまたやられた」という悔しさと「もう仕方ないなあ」という気持ちの同居が垣間見え、どことなく優しいまなざしを感じます。

ちゃっかりした人は目立ちやすい特性を持っていますが、同時になんとなく可愛がられる愛嬌も持っています。様々な評価を下されつつも、最終的に許されてしまうキャラクターは、まさに「ちゃっかりしている」性格と言わざるを得まないでしょう。

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