Wheel
Search

検索したいワードを入力してください

半夏生とはいつか・たこを食べる理由・季語としての使い方|うどん

半夏生とはいつか・たこを食べる理由・季語としての使い方|うどん
現代の生活では季節を示す言葉「半夏生」を意識することも少ないですが、かつては日本の生活に深く関わり、さまざまな地域色を持つ行事でもありました。「半夏生」とは何なのか、どんな場所で使われるのか、季節の食べ物はあるのか、さまざまな角度からご紹介します。

初回公開日:2018年9月28日

更新日:2018年9月28日

記事に記載されている内容は2018年9月28日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。

また、記事に記載されている情報は自己責任でご活用いただき、本記事の内容に関する事項については、専門家等に相談するようにしてください。


半夏生とはいつのこと?

半夏生、という言葉が日常で出てくる場面は、かなり少ないです。茶道や俳句などをたしなんだり、農業やガーデニングにたずさわっていると、すぐに思い当たる人もいるのではないでしょうか。

半夏生とは昔から使われている、季節を表す言葉の1つで、夏至から10日ほどたった頃をさします。太陽が黄経100度を通過する日と定められており、どの年も7月の1日~2日に当たります。7月2日頃、と覚えておけば問題ありません。

「半夏生」はどう読む?

「半夏生」は「はんげしょう」と読みます。初めて見ると意味が分かりにくい言葉です。

地域によっては「はんげしょう」が訛り、「はげ」「はんで」「はげん」「はげしょう」「はげっしょ」「はげっしょう」など、さまざまな言い方があります。

半夏生は雑節の1つ

「半夏生」は農作業の目安となる雑節の1つです。「二十四節気」という言葉は、テレビのニュースなどで聞き覚えある人もいるでしょうが、「雑節」は少ないのではないでしょうか。「雑節」は「ざっせつ」と読み、二十四節気と同じく季節を把握するための言葉です。

「お彼岸」「入梅」といった言葉も、半夏生と同じ雑節です。雑節は「節分」「彼岸」「社日」「八十八夜」「入梅」「半夏生」「土用」「二百十日」「二百二十日」の9つで、どれも季節の移り変わりを的確につかみ、農業や生活に密接に関わってきた、特別な「暦日」です。

中国から入ってきた二十四節気や五節句に、日本の生活に合わせた雑節が組み合わされ、暮らしの目安とされていました。この頃の暦日を並べると、6月11日頃の「入梅」、6月21日頃の「夏至」、7月2日頃の「半夏生」、7月7日頃の「小暑」、7月20日頃の「土用」、7月23日頃の「大暑」と続きます。

元をたどれば七十二候の1つ

1年を24等分した二十四節気の1区切り、15日間をさらに3等分した約5日ごとの区切りを「七十二候」と言います。該当する時期の主な自然の変化を短文で表した言葉です。「半夏生」は七十二候の1つであり、後述する「半夏」という植物が生えてくる頃の5日間です。

二十四節気の夏至が来て、初候の6月21日から25日頃が「乃東枯(なつかれくさかるる)」、次候の26日から30日までは「菖蒲華(あやめはなさく)」、末候の7月1日から7月6日までが「半夏生(はんげしょうず)」です。「半夏が生ず」という言葉が、漢字そのままの読みで半夏生として、雑節に取り入れられました。

七十二候は、現代の日常生活で耳にすることはほとんどありません。雑節に取り入れられた半夏生と、「麦秋至」の「麦秋」くらいです。

半夏生は農業に重要な日

梅雨の後半、1年の折り返しに当たる半夏生は、特に稲作の大きな節目でした。現代の稲作とは時期がずれますが、これは手作業だからだけでなく、稲の品種も関係があります。昔の稲は、現代より少し遅い時期に田植えが行われていました。

田植えの目安とされた暦日

半夏生は「田植えを完了する目安」とされています。「チュウ(夏至)は外せ、ハンゲ(半夏生)は待つな」ということわざがあり、田植えは夏至の後から半夏生に入るまでの約10日間に終わらせていました。

半夏生を過ぎると小暑となり、季節は本格的な夏に移っていきます。「半夏半毛」「半夏半作」ともいい、半夏生を過ぎて田植えをしても実りが遅れ、秋の収穫が減るということで、この日までに田植えを済ませ、たとえ作業が遅れても、半夏生を過ぎると決して行いませんでした。田植えだけでなく、粟をまく時期など畑作業にも同じことが言われています。

半夏生は農作業を一休み

半夏生がくると農作業に一区切りをつけて、農作業を休み英気を養いました。地方によっては、数日間ゆっくりと休むところもあります。

田植えの間、田を見守っていた田の神へ感謝をささげ、田植えに関わった人々を招いてねぎらいの祝宴を張ります。これらの行事は「田の神(さ)が昇る(なぶる)」が転じて「さなぶり」と呼ばれていました。

また半夏生は「物忌み」の時期でもあります。田畑の神様を奉って御神酒や麦団子を供え、野菜や水、肉などを口にすることは禁じられました。佐賀県では畠の地の神である地荒神を、半夏生に祀っていたと伝わります。

現代以上に自然に対して無防備な昔の生活にとって、夏は過酷な季節です。田植えという重労働が一段落し、骨休めをして夏に備える意図があったのでしょう。

半夏生は怖い日?

半夏生には「物忌み」に関わる、不吉な言い伝えが各地にあります。半夏生の日は明け方から毒気が降り、毒草が生えると言われています。前の夜から井戸や泉に蓋をして水を守ったり、収穫した野菜や野草を食べることが禁じられました。

三重県の熊野地方や志摩地方では、「ハンゲ」という妖怪が徘徊するので、半夏生の農作業を禁じたと伝わります。埼玉県では、この時期に竹の花が咲いたり消えたりし、見ると死ぬとして、竹林に入ることを禁じました。もともと竹の花は不吉なものとされていただけに、半夏生と絡められたのでしょう。

農作業に直結する内容では、青森県では半夏生以後に田植えをすると、1日1粒収穫が減る、という言い伝えがあります。群馬県の一部では、ネギ畑に入ることを禁じています。

半夏生の頃は、農繁期の労働後に加え、季節がら食物が傷みやすい時期でもあります。健康に気をつけるよう戒めた、当時の人々の警告とも考えられます。

「半夏雨」は要注意

半夏生の7月2日前後に降る雨は「半夏雨(はんげあめ)」と呼ばれ、大雨になりやすいと言われています。新暦でも7月上旬は梅雨明け前の集中豪雨にみまわれやすい時期であり、人々が神経を尖らせてきたのがうかがい知れます。

さらに、半夏雨による洪水は「半夏水」と呼ばれています。ダムも無く河川が整備されていない時代、稲が育ち始めた頃にやってくる大雨による災害は、この上無い脅威だったでしょう。

半夏生になぜタコを食べる?

半夏生にタコを食べるのは、関西地方の風習です。全域ではなく、京都の福知山市などごく一部の地域で食べられていました。半夏生のタコは、海底の岩に張りつくタコの足の吸盤に準え、「稲や作物の根がしっかり地に張る」「稲がよく実る」という豊作の願掛けがこめられています。

タコに含まれる栄養素タウリンは、疲労回復や中性脂肪の低下に効果がありますから、農作業や蒸し暑さに疲れた体をいたわるにはもってこいの食べ物です。

折しも瀬戸内海ではタコ漁が最盛期であり、明石では新鮮なマダコが水揚げされます。旬のタコを味わう販促活動が盛んになり、「半夏生のタコ」は知る人ぞ知る風習になっています。

半夏生に食べるもの

関西のタコだけでなく、半夏生に旬のものを食べる風習は各地にあります。半夏生に食べられる食物は、かなり地域色が濃く、全国に渡って有名なものはありませんが、どれも田植えが終わり、暑さが増してくる季節に滋養を取るためのスタミナ食です。

重労働を終えた体を癒す栄養素が含まれているのを、昔の人は体感で知っていたのでしょう。

香川のうどん

香川県とくればうどんです。もちろん半夏生もうどんを食べます。田植えの季節は麦の刈り入れ時でもあり、麦が旬を迎えます。

収穫した麦でうどんを打ち、農作業を手伝ってくれた人達にもふるまって、田植えの労をねぎらったところから、半夏生にうどんを食べる風習になっていきました。

うどんは消化しやすく胃に優しいだけでなく、小麦にグルタミンなど筋肉の疲労回復や免疫力向上に良い栄養素が含まれているため、農作業後の疲れた体にちょうどよい食べ物です。

1980年、香川県製麺事業協同組合は7月2日を「うどんの日」に制定しました。高松市の中野天満宮では、収穫した新小麦やうどんの材料を奉納する「献麺式」が行われ、うどんを無料提供するイベントが開かれるなど、この時期もうどんで盛り上がっています。

うどんだけではない「はげ団子」

香川県ではうどんだけでなく、新小麦粉で団子を作り、あんこをまぶした「はげ団子」が、半夏生に食べる郷土料理として伝わります。団子の表面がすべってあんこをまぶしにくいところから「はげ」と言われています。

団子には新小麦粉だけ使うところ、餅米やうるち米も加えるところなど、県内各地で少しずつレシピが違います。あんこも小豆やササゲの他に空豆やエンドウ豆を使ったり、外にまぶす以外に中に入れて蒸す、焼くなどさまざまです。神仏にお供えした後で、家族で食べていました。

福井の半夏生鯖

福井県大野市では、半夏生の頃、竹串に刺した塩鯖を焼いて食べる風習があります。「半夏生鯖」と書いて「はげっしょさば」と読みます。

江戸時代に福井藩の藩主が、田植えが終わった農民に、年貢としても納められていた鯖を食べて、滋養をとるよう令書を出しました。それを見た魚屋が、半夏生に竹串に刺した焼き鯖を売り始め、農民は家族の人数分の鯖を買い求めて1人1尾を食べるようになったそうです。

鯖には、よく知られた栄養素EPAやDHAの他に、ビタミンB群が含まれています。田植えで疲れた人々にとっては、多少高価でも貴重なタンパク源であり、夏を迎えるスタミナの素となったことでしょう。

長野の芋汁

長野県の小川村では、半夏生に芋汁を食べる風習が残っています。汁といってもおつゆではなく、山芋をすり鉢ですり下ろし、出汁や調味料を加えた料理です。「とろろ」と言った方が分かりやすいでしょう。炊きたてご飯にかけて食べる「とろろめし」です。

山芋は滋養強壮の効果が高く、ビタミンB1、B2やカリウム、食物繊維が豊富に含まれ、また消化酵素のジアスターゼが含まれているので、弱った体にも優しい食べ物です。芋汁は、長野県の一部で正月料理としても食べられています。

奈良の半夏生餅

半夏生餅は、人々へのねぎらいや栄養補給以上に、供物の意味合いが濃い食べ物です。「はんげしょうもち」もしくは「はげっしょうもち」と呼ばれるきなこ餅です。地域によっては「半夏生団子」とも呼ばれます。

室町時代より奈良県の農村では、田植えの終わる半夏生に、田の四隅に餅を供えて豊作祈願し、田植え終了の感謝と共に食べていました。

餅米とつぶした小麦を半分ずつ混ぜて搗いた小麦餅は、普通の餅より粘りが少なく、固くなりにくい上、数日日持ちがするので、蒸し暑い半夏生の時期にも食べやすいです。

田にまつわる「さなぶり餅」「田植え餅」の他、褐色で猫のような丸みがある点から「あかねこ餅」などの別名があります。

この風習は大和国中、北和歌山や南河内でも残っているそうですが、小麦を作らなくなったこと、農家が減ったことから、お供え物より郷愁をそそるお菓子の位置づけになっています。

各地で作られていた小麦餅

小麦餅は、半夏生前後の季節の食べ物として各地で食べられています。奈良の半夏生餅、香川のはげ団子だけでなく、米と麦の二毛作をしていた関東の農村でも、小麦餅は食べられてきました。関東では焼き餅です。

関西と同じように、田畑の神に供え、皆で食していました。京都の山科では、エンドウ豆のあんこを入れた麦団子が食べられています。

小麦粉を使う料理が庶民の口に入るようになったのは江戸時代以降で、それ以前は製粉作業に大変な手間がかかるため、小麦粉の料理は簡単に口には入らない贅沢品でした。そのため夏至の頃に旬を迎える小麦の餅は、神様へのお供えにうってつけでした。

半夏生にまつわる植物

半夏生はそもそも「半夏が生える時期」からつけられた名称です。半夏生にまつわる植物は2種類あります。まぎらわしいですが、見た目も種類も全く違います。どちらも身近な場所に生える植物です。

由来となった毒草「半夏」

半夏生の由来になった「半夏」は、「烏柄杓(カラスビシャク)」という日本全土に分布するサトイモ科の植物です。10~20センチほどの高さで、華やかさはありません。田畑や道端に生えるので、知らないと雑草扱いされてしまいます。

5月から7月の間、葉の根元から30センチほどの花茎が伸び、先端に筒状の苞をつけます。この苞はサトイモ科の植物によくある仏炎苞で、細い肉穂花序が顔を覗かせます。

肉穂花序は、多肉化した花軸の表面に小さな花が密生した花です。ミズバショウの花を連想すると分かりやすいでしょう。

仏炎苞を柄杓に見立て、人が使うには小さいが烏にはちょうど良い、という意味で「カラスの柄杓」という名前になりました。有毒ですが、地下にできる球茎が「半夏」という生薬になります。

漢方薬「半夏」とへそくり

カラスビシャクの球茎からコルク層の外皮を取り除き、乾燥させたものが、生薬の「半夏」です。毒草ですので生食はできません。鎮吐、去痰、つわりに効能があるとされ、半夏湯(はんげとう)などに配合されています。

球茎は形が栗に似ている上、取った茎の跡がへそのように窪んでいることから「へそくり」と呼ばれていました。

農家の人達は農作業のかたわら、田畑の畦や道端に生えているカラスビシャクを採取して、球茎を洗って乾燥させてから溜めておき、薬屋の仲買人に売って収入を得ていました。

球茎が農家の臨時収入に一役買っていた由来から、こっそり貯めた小遣いが「へそくり」になった、とも言われています。

葉を白く装う「半夏生」

一方、名前そのものが「半夏生」という植物もあります。こちらはドクダミ科で、本州以南の日当たりのいい湿潤な土地ならどこにでも生えます。6月中旬から7月、半夏生の頃に花の季節を迎えるので、「半夏生」の名がつきました。

ハンゲショウの花は、小さな花が穂のように咲く穂状花序です。10~15センチほど伸びた花穂のすぐ下の葉数枚の表だけが、真っ白に変わります。花以上に葉の白さが美しく、この姿から半分化粧をしたとして「半化粧」「片白草(カタシログサ)」「三白草(サンパクソウ)」と呼ばれることも多いです。

土地に合いさえすれば、地下茎でどんどん増えるので、群生したハンゲショウは花の季節になると白と緑のコントラストがすがすがしく、見ごたえある風景を見せてくれます。

白い葉は、花が終わると再び緑に戻ります。冬には葉を落とし、再び春に芽吹きます。しかし近年は合う土地が少なくなり、数が減ってきています。

季語としての半夏生

「半夏生」は夏の時候を表す季語になります。夏の盛りを表す仲夏に当たり、七十二候の「半夏生ず」なども使われます。カラスビシャクやハンゲショウも、よく詠まれています。

「半夏雨」「半夏水」は、季語ではなく傍題に分類されます。傍題は季語の類義語で、季語のかわりに使えます。

俳句の中の半夏生

半夏生を詠んだ俳句は数多くあります。七十二候としての半夏生、植物の半夏生、また縁の食べ物など、さまざまな切り口から句が詠まれています。半夏生を詠んだ俳句がまとめられているページを1つご紹介しましょう。

半夏生は夏の茶花

俳句以外にも、茶道では半夏生を茶花として用います。6月末から7月頭にかけて、同じ頃に咲く弟切草(オトギリソウ)や下野(シモツケ)、縞葦などと一緒に生け、この季節だけの白い葉を楽しみます。

花器は夏ですので篭が多いですが、陶磁器や釣船、ガラスを見立てたりして、うっとおしい季節に清涼感を演出します。

伝わる意味に目を留めてみよう

夏至や七夕の間に来る半夏生は、現代の生活では特に話題に上ることも無く、暦の上では地味な言葉です。蓋を開けてみると、天気予報も無かった時代、細やかな自然の移ろいを暮らしの目安としてきた人々の姿が浮かび上がってきます。

農業にはたずさわらなくても、梅雨時のうっとうしさを切り抜け猛暑を迎える備えに対する戒めに加え、半夏雨など身近な気候の指摘も含んでいます。

また半夏生に良いとされた食べ物は、滋養強壮に効果のあるものばかりです。半夏生の白い葉は、さわやかな美しさで目を楽しませてくれます。

タコやうどんに舌鼓を打つも良し、季節の植物を楽しむも良し、湿気や暑気で疲れがちな体と向き合うも良し、忘れかけられた時候の区切りにまつわる風習に目を留めてみると、現代でもより健康で快適に暮らすヒントがあるのではないでしょうか。

ドライバーの仕事情報を探す

ドライバーへの転職をお考えの方は、好条件求人が多い
ドライバー専門の転職サービス『はこジョブ』へ!

Related