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2018年09月13日

松の内の意味と使い方・地域別の松の内・期間|明ける/いつまで

松の内の意味と使い方・地域別の松の内・期間|明ける/いつまで

「松の内」という言葉をご存知でしょうか。お正月の期間にしか使わない言葉なのであまり耳慣れない言葉ではありますが、お正月のお祝いムードも終わりに近づくと、テレビなどで耳にすることもあります。ここでは、松の内の意味や期間などについてご紹介します。


松の内の読み方

「松の内」と書いて、「まつのうち」と読みます。

正月三が日という言葉はよく耳にすることがあり、また口にすることも多いでしょう。では、「松の内」という言葉をご存知の方はどれくらいいるでしょうか。若い人たちにはあまり耳慣れない言葉でしょうが、これも正月を表現する時に使われる言葉です。

では、松の内にはどういう意味があるのでしょうか。ここでは、松の内とはどういう意味なのか、またその期間など、松の内についてご紹介します。

松の内の意味と使い方

松の内とはどういう意味があるのでしょうか。ここでは、松の内の意味と使い方をご紹介します。年配の方との会話でも時々耳にすることもあるので、こういう意味だという事を知っておくと便利です。

なお、使い方も記載しておきますので、もしも会話の中に出てきたとしてもこのような意味があると知っていると、疑問に思うことなくスムーズに会話することができるでしょう。

松の内の意味

松の内とは、正月の松飾りを飾っておく期間の事を指します。松飾りとは、正月の期間に家の門前に飾り立てる松や竹を用いた正月飾りの事で、皆さんがよく知る門松がそれにあたります。松は「祀る」に通じ、神様が宿る木としてその家に一旦神様がとどまるための依り代(よりしろ)として飾ったとされます。

門前に飾る門松は、新年に訪れる年神様へ、迎え入れる準備が整っている目印として飾ります。年神様は元は豊作の守り神で、元旦に家々に新年の幸せをもたらすために迎えて祀る神様です。その年神を家々に迎えるための目印として、松飾りが新年に飾られるようになり、現代に続いています。

正月三が日を過ぎても門松などの正月飾りを飾っておく期間は「そろそろいいかな?」というように適当に片づけるのではなく、飾っておく期間が決まっていて、この松飾りなどの正月飾りを飾っておく期間を松の内と言います。

松の内が明ける

「松が明ける」とも言います。年が明けるというように、「明ける」というのは期間が終わって次の状態になるという意味があります。そのため「松の内が明ける」とは、松の内の期間が終わったという意味になります。

松が取れる

「松の内が明ける」と同じように使える言葉です。正月飾りである松飾りが外されるということから、松の内が終わったという意味になります。

松の内の期間

松の内の期間は、元々は小正月である1月15日までの期間とされていました。なお、地域によって松の内の期間は異なっており、期間が変わったのは江戸幕府の徳川家が大きく関わっています。ここでは、松の内の期間についてご紹介します。

いつまでか

松の内はもともとは1月15日までの期間である、と説明したところですが、期間は地域によって異なり、現在では一般的に七草粥を食べる1月7日までを指しています。

また、関西はもともとの小正月である1月15日までが松の内の期間になります。その他、地域によっては8日や10日など、地域の風習に倣って日にちが決められています。

細かく言えば地域ごとに日にちは異なるものの、大まかに言えば松の内の期間は関東の1月7日と関西の1月15日といってよいでしょう。

関東と関西では期間が違う?

では、元々全国的に1月15日と決められていたにもかかわらず、関東と関西で松の内の期間に違いがあるのはなぜでしょうか。関東と関西で期間が違ってしまった原因に、歴史的なエピソードがあります。ここでは、関東と関西で松の内の期間が違うその理由についてご紹介します。

関東

江戸時代、三代将軍である徳川家光が4月20日に亡くなったことにより毎月20日を月命日とし、この20日が忌日とされました。そのため、徳川幕府はもともとは1月20日に行われていた鏡開きを、1月11日に行うようにしました。

ところが1月11日はまだ松の内のため、年神様がいる松の内に鏡開きを行うのは失礼とされ、徳川幕府は1月7日をもって「飾り納め」としました。それにより、徳川幕府の影響が強い関東では、松の内は1月7日までとなりました。

関西

関東は徳川幕府によって松の内は1月7日までと定められましたが、徳川幕府の影響がそれほど強くない関西に情報が伝わりきらなかったのか、鏡開きの日を変えることはありませんでした。

そのため、旧暦の1月20日に行われていた鏡開きの日が変わらなかったため、松の内も15日から変わることなく、現在まで続いてきました。

地域別の松の内

関東と関西の松の内の期間が違う理由は、前述のとおりです。ここでは、地域別に松の内の違いについてご紹介します。各地域によって、風習によって、松の内の期間についても色々とあるそうです。

関東

関東地方とその周辺の地域の松の内は、1月7日までです。なお、北関東では10日というところもあります。

松の内が短くなったのは、20日が三代将軍家光の月命日であり忌日であったためという説明をしましたが、松の内が短縮されたのにはもう一つ理由がありました。

江戸の町は火事が多く、1657年(明暦3年)にも1月18日から1月20日までの3日間、江戸城の天守を含む江戸の市街地がほぼ消失するほどの大火災が発生しました。その大火災を教訓として、松飾りなどの燃えやすい物を早く片付けてしまうように7日をもって飾り納めとする、という幕府からの通達があったからだとも言われています。

関西

関西地方では松の内は、1月15日までです。

大阪や京都では、昔から元日から1月7日までを男正月、1月15日を女正月と呼び、女正月は年末年始忙しくしていた女性がやっと年賀に出向くことができる日とされています。暮れから正月まで多忙だった女性を労う日とし、この日ばかりは女性を休ませてあげようという習慣でした。

また京都は帝のお膝元であり、大阪では豊臣家びいきの人が多く、そのためすんなりと徳川幕府のお達しを聞き入れようという人がいなかったのではないかとも言われています。

北海道・東北

北海道や東北地方の松の内は、1月7日までです。

元々北海道は日本全国から移住してきた開拓民の土地です。そのため、お正月に関する風習も、移住してきた人たちによって形作られてきたのでしょう。

移住してきた人の内訳は青森県や新潟県からの移住民の割合が高く、その人達の風習として松の内は1月7日までであったことから、北海道でもそれらの風習を取り入れるようになったと考えられます。

九州

九州での松の内は1月7日までとされていますが、場所によって1月7日、8日、10日、15日といろいろあります。

期間がまちまちである要因として、地方によって呼び方もさまざまですが、どんど焼きの風習があります。正月飾りを神社にお返しした後、火にくべて年神様を天にお返しするための行事がどんど焼きです。九州ではこのどんど焼きが行われる日が地方によってまちまちのため、必然的に松の内の期間もまちまちなりました。

九州では1月7日に「鬼夜(おによ)」と呼ばれる日本三大火祭が、久留米市の大善寺玉垂宮行われます。九州地方ではこの日までが松の内と考える人が多く、九州の松の内は一般的には1月7日までとされています。

福岡では「ほうけんぎょう」と呼ばれ、地区によっては1月7日、9日、10日、11日、15日、16日など開催日はいろいろあり、正月飾りをいつまで飾るのかは地区や家庭でもそれぞれ違うそうです。

沖縄

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沖縄は地域によって違いがあり、1月7日の地域もあれば、旧暦でみるところは旧正月の日までの地域もあります。旧正月の場合、2018年ならば2月16日、来年の2019年ならば2月5日となります。

七日節供(ナンカヌスク)といわれる、本土で言うところの七草粥を食べる習慣が沖縄にもあります。沖縄の季節の野菜や野草で作る菜雑炊を、仏壇や火の神に供えて無病息災を祈願しますが、その際正月飾りを片付けます。

松の内にすること

松飾りなど正月の飾りやお供え物を飾る期間が松の内というのは説明したとおりですが、では松の内の期間内に行うことは何かご存知でしょうか。ここでは、松の内の期間内ですることをご紹介します。

年末年始になると当たり前に行っていることにもそれぞれに意味がありますが、なぜそれを行うのかをしっかり理解している人はどれくらいいるでしょうか。それらはなぜ行うのか、なぜ必要なのかの意味も併せてご説明します。

正月のお供えやお飾りを飾る

松飾りは年神様が訪れる家の目印にするために飾り、注連縄(しめなわ)は神様が宿る、または神様がとどまる聖域を守る場所に飾ります。

なお、家にたどり着いた年神様が滞在中に宿る場所が鏡餅です。餅は古くから神様の食べ物である神饌(しんせん)とされ、年神様へのお供え物として飾ります。また鏡は神器のひとつであり、年神様の依り代として鏡を餅で表しています。

松飾りや注連縄は12月13日から、鏡餅は12月26日から飾り始め、28日までの間に飾り終えます。なお、29日に飾るのは「二重苦」との語呂合わせで縁起も悪いから、また31日の「一夜飾り」は神様をおろそかにする行為だとして、その日に飾りつけをしてはいけません。

おせち料理をお供えする

正月に皆で食べるおせち料理ですが、じつは年神様をお迎えしたあと、一緒に食べるものと考えられていました。

おせち料理を食べる際に使用する祝箸は両側が細くなっていますが、自分が使っていない反対の方は年神様が使うとされ、神人共食(しんじんきょうしょく)という意味があります。神人共食とは、神饌を下げた後に神様と人である神職者が共に食すことで、神様の守護が得られるという考え方です。

また、おせち料理を詰める重箱は、上から順に一の重、二の重、三の重、与の重、五の重と五段重ねであることが正式で、最後の五の重には年神様から授かった福を詰める場所として、料理は詰めずにおいておきます。

初詣

昔は二年参り、または除夜詣と元日詣という、大晦日の夜と元日の朝に参拝する行事でした。この元日詣が初詣の始まりとされ、住んでいる地域の氏神様が祀られている神社、または家から見てその年の恵方の方角にある社寺に参拝する決まりがありました。

この元日に参拝する初詣が、人々の生活体系の変化などにより、やがて新年になって初めて神社仏閣にお参りに行くことを初詣というようになりました。なお、初詣は松の内の期間内に行くのが目安とされています。

正月期間である年神様が安座なさる松の内の間に神社仏閣へ足を運び、旧年の感謝と新年の挨拶をするのが風習となっています。

新年の挨拶

新年を迎えてから初めて会った人に新年の挨拶をするのが、松の内までと言われています。松の内を過ぎてから挨拶をしても問題はありませんが、一般的には松の内までとされています。

その期間ならば、「あけましておめでとうございます」という言葉がふさわしく、また新年の挨拶としては正月期間内であることから、タイミングもよく丁寧な印象になります。松の内以降の挨拶の場合は、「今年もよろしくお願いします」という言葉が望ましいでしょう。

元は年神様のご利益が宿る丸い形をした物(丸餅や薬など)を配っていましたが、いつの間にか貨幣に変わり、今のお年玉の形になりました。とはいえ、松の内を過ぎてから渡しても問題はありません。

年賀状・寒中見舞い

松の内の期間はお正月期間でもあるため、この期間中に年賀状が届くようにします。また、こちらから出していないのにもかかわらず、相手から届いた場合は、松の内の期間内に届くようであれば返信しても大丈夫です。

ただし、「元日」は1月1日、「元旦」は1月1日の朝を指すので、それ以外に届くのが分かっている年賀状にはこれらの言葉を使ってはいけません。

なお、身内に不幸があって年賀状を出せなかった場合や喪中と知らずに年賀状を送ってくれた方への返信、または松の内が過ぎた場合には「寒中見舞い」になるので注意しましょう。

寒中見舞いは小寒(1月5日頃)~立春(2月4日頃)に出す、寒い季節に相手を気遣うための挨拶状です。「あけましておめでとうございます」などの新年の言葉ではなく、「寒い日が続きますがいかがお過ごしでしょうか」という相手を気遣う挨拶の言葉を述べます。

七草粥

1月7日は「人日(じんじつ)の節句」または「七草の節句」と呼ばれ、1年間病気をせずに元気に過ごせるようにと、万病を除くといわれる春の七草を入れた七草粥を食べるという風習があります。また、まじない的な意味だけでなく、正月料理で疲れた胃を休めるために食べられるとも言われています。

1月7日は関東では松の内の最後の日に当たります。正月にお屠蘇やおせち、お雑煮などを飲んだり食べたりで胃が疲れている頃に、体にも良い効果を持つ春の七草で胃をいたわり、正月の終わりを迎えます。

関西は1月15日とまだ先になりますが、関東ではこの七草粥を食べた後、すぐに松飾りなどを片付けます。

【松の内が終わったら】鏡開き

関東では1月11日、関西では1月20日の、松の内が終わった後に行われるのが鏡開きです。鏡開きは、年神様の魂が宿ったお餅を家族皆で分けて食べ、そのご利益を分けてもらい、一年の無病息災を祈願します。また、「鏡開き」はお正月に一区切りをつけ、その年の仕事始めをするという意味もあります。

鏡開きのマナーとして、包丁で切る事は切腹を連想させるとして避けられ、必ず木槌などで叩き割ってから食べるとされています。なお、「割る」という表現も縁起が悪いとされ、「開く」を使って鏡開きとなりました。

法事の場合の松の内

松の内の期間であっても、故人の命日によっては法事を行いたいという家庭もあるでしょう。おめでたい時期に法事を行うのはどうなのか、親戚一同に声をかけてもいいのか、悩ましいところです。

法事の日程を決める際に気をつけることが3点あります。
1.命日の日から離れすぎないこと
2.お寺さんの都合
3.参列者が集まりやすい日


以上の点を踏まえ、法事をするのに都合がよい日を決めます。ここでは、松の内の法事についてご紹介します。

お寺さん的には問題なし

実は正月を含めた年末年始でも、お寺さん的には法事だけでなく、葬儀を執り行うことは問題はないそうです。お坊さんも年末年始は忙しいことを考え、松の内が明けてから行う人が多いですが、早い段階で相談しておけば、お寺さんの方で日程を調整してくれます。

菩提寺のお坊さんの都合が合うようならば松の内の期間内でも法事を行っても大丈夫ですが、正月期間に法事なんてと心配ならば、元日から3日までの三が日は避けた方が無難でしょう。

一般的にはふさわしくないイメージ

お寺さん側としてはいつ法事をしても特に問題はないですが、実際には年末年始と正月に法事を避ける風潮があります。理由はさまざまですが、三が日や松の内というお祝い期間に法事を行うのはふさわしくない、年末年始はのんびり過ごしたい、またはせっかくの正月に親族を呼ぶのはしのびないと考える人が多いのが理由です。

法事はお祝い期間に行うものではない、というイメージを持つ人が多く、松の内に法事を行うことを避ける傾向にあります。ところが、法事は暗い行事ではなく、家族や親戚が集まって行われるべき賑やかなイベントでもあります。縁起が悪いなどと気にする必要はありません。

参列者がお参りしやすい日を選びましょう

法事を行うに当たり、一番悩むのが参列者のことでしょう。日程を決めるのに一番気にすべきはこれにあたり、参列者がお参りしやすい日であることが必須条件となります。

そのことから、年末年始や正月、松の内期間では参列者に声をかけにくいうえ、参列者が集まりにくいという可能性が高くなります。そのため正月や松の内の期間に法事を行うのは難しいとし、この期間を避けて法事の日程を立てる人が多いとの事です。

とはいえ年末年始が命日だった場合、法事はできないだろうと決めつけるのではなく、むしろ正月の時期だからこそ親戚一同集まりやすい場合もあるので、まずはお寺さんや親戚一同に相談してみてもよいでしょう。

一年のスタートを気持ちよく切りましょう

松の内は歴史も古く、正月の門松や注連縄などの飾りつけをし、新年を祝うための期間をいいます。また年神様を迎えおもてなしをすることで、一年の幸福を得るためのご利益を分けていただく期間でもあります。

また、松の内が終わると年神様が宿っていた正月飾りを片付けますが、松の内が明けてもいつまでも正月飾りを残したままでは、いつまでも正月気分が抜けていないと周囲からもみられてしまいます。

松の内が明け、鏡開きを行ったならば、正月気分を改めてすっきりと新しい一年をスタートさせましょう。

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