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2018年07月06日

年越しそばはいつ食べるのが正しいのか・食べる理由・歴史|喪中

年越しそばはいつ食べるのが正しいのか・食べる理由・歴史|喪中

毎年年末に年越しそばを食べる人は約60%にのぼると言われています。日本人の年末にかかせないものとなっている年越しそばは一体どのようにして生まれ、どのような由来を持っているのでしょうか。今回は年越しそばについて詳しく掘り下げてみましょう。

「年越しそば」は日本の文化です

新しい年を迎える12月31日、日本中で食べられる料理があります。それが「年越しそば」です。日本の家庭では当然のように年末は年越しそばを食べるものとされていて、実際に夕食や年を越す瞬間に口にする方も多いのではないでしょうか。

ご家庭によってはエビの天ぷらをのせたり、かき揚げをのせたりなどバリエーションも様々です。一年の終わりを感じさせてくれる年越しそばは年末の楽しみのひとつでもあります。

「長寿を願うため」や「厄落としのため」などと言われ、なんとなく縁起物だとは知っていても正しい起源はあまり知られていない年越しそばはどのようにして生まれ、日本の文化の一部になったのでしょうか。今回は年越しそばの起源や由来について迫っていきましょう。

年越しそばはいつ食べるのが正しいのか

皆さんのご家庭では年越しそばは年末の夕食ですか。それとも年を越す瞬間、新年の訪れとともに口にするものでしょうか。昼食で食べる方もいらっしゃるでしょう。31日に食べる年越しそばですが、一日のどのタイミングで食べるのが一番正しいとされているのでしょうか。詳しく見ていきましょう。

0時に食べる

年越しそばはいつ食べるのが正しいのか・食べる理由・歴史|喪中

調査によると31日の夜から1月1日にかけて、年をまたぐ瞬間に年越しそばを食べる方は全体の42パーセント、31日の夕食として食べる方は53パーセントと言う結果が出ています。ちょうど半数近くの方が深夜12時に年を越しながらおそばを食べると回答しています。

実は年越しそばは年内に食べ切らないと縁起が悪い、とも言われています。その理由は年越しそばの縁起担ぎに由来しています。年越しそばを食べることで、その一年にあった悪い縁や因縁を断ち切ることができると考えられていたため、その年のうちに食べきってしまうことで効果が現れると考えられていました。

現代ではそこまで気にする必要はないと考えられていますが、縁起物を気にする方は年内に食べきるようにすると良いでしょう。

お昼に食べる

年越しそばはいつ食べるのが正しいのか・食べる理由・歴史|喪中

アンケートでは年越しそばを食べる方の約4パーセントがお昼ごはんとして食べると回答しています。夕食は違うものを準備していて、深夜に食べるのは気が引けると言う方が31日のお昼ごはんに年越しそばを選びます。

毎年31日にはニュースで年越しそばを食べる方の映像が流れます。決まったお店へ一年に一度出かけるのを楽しみにしているという声もあります。帰省の途中で年越しそばを食べる方もいらっしゃるでしょう。現代の日本では時間はあまり関係なく、31日に年越しそばを食べると言うことに意味があると言えるでしょう。

夕食として食べる

年越しそばはいつ食べるのが正しいのか・食べる理由・歴史|喪中

深夜12時に食べる方よりも夕食として年越しそばを食べる方が多いと調査結果が出ています。その時間を選ぶ理由として子供が小さく深夜まで起きていられない、夜は初詣に出かけるからと言った意見が多いです。年末は家族で過ごすことが多い日本では、夕食の一部としてみんなで食卓を囲み年越しそばを食べるのも良いでしょう。

年越しそばの由来

このように食べる時間は様々でも31日に食べることが定着している年越しそばは、どのような由来を持っているのでしょうか。年越しそばの由来については諸説ありますが、その中でも有力な由来とされるものをいくつか見ていきましょう。

長寿を願うもの

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年越しそばを食べる由来として一番に上げられるのが「長寿を願うもの」として食べられるようになったと言う説です。そばは細く長く伸ばして作られ、その姿形から長寿を願い一年の最後に食べられるようになったと言われています。来る次の一年も健康でありますようにとの思いも込められて食べられるようになったとも言われています。

健康を願うもの

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そばは殺菌作用があり食あたりを防ぐカテキンやビタミン、ミネラル、食物繊維などを多く含む健康に良い食品です。そばが人々に愛されるようになった江戸時代、もちろん現在のような研究に基づくものではありませんでしたが当時の人々は「そばは健康に良い」と言うことを知っていたのでしょう。

「そばを食べると脚気にかからない」と言う話が広がった結果、そばが生活に定着したと言う説もあります。

またそばの原料となる植物のそばはとても強く、痩せた土壌でもすぐに目を出すこと、一度弱って倒れてしまっても水を与えれば再び伸びることなどから縁起の良い植物と考えられていました。雨にも風にも負けない強い姿を当時の人々は人間の立ち上がる姿に重ね合わせました。強く成長する植物の姿を人間に重ね合わせるのは昔の日本人の持つ独特の感性です。

悪い運気を断ち切るために食べる

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もう一つ有名な由来が「年越しそばは悪い運気を断ち切る」と言うものです。子供の時に両親や曽祖父からそのように教えられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そばは柔らかく切れやすい食材で、その「切れやすい」と言う特徴から「悪運を断ち切る」「苦労を断ち切る」と言う意味を持つ食べ物だと言われています。一年の苦労を断ち切り、来年は良い年になりますようにと願いを込めて年越しそばを口にする風習が広がったのでしょう。この場合は一年の終わりを迎える前に残さずそばを食べきる方が良いと言い伝えられています。

来年こそ良い一年にしたいと言う方は年末に年越しそばを残さずきれいに食べてしまいましょう。

金運を良くする

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江戸時代の日本には金銀を扱う職人が多くいたとされています。主に女性のかんざしなどの髪混ざりや、男性のキセルや書記道具などが金メッキ、銀メッキで贅沢に作られていました。江戸時代には金銀を扱う職人は華やかな職業とされ、庶民の憧れの的でした。

一見そばとは全く関係のないように思える金銀を扱う職人ですが、実はこの職人たちがそば粉を使って大事な仕事道具である金銀を集めていました。そば粉を練った道具で散らばった金銀を集め、水に溶かしてまた金を再利用していたことからそばは「金を集める」縁起の良い食べ物として愛されるようになりました。

家族の末永い縁を願うもの

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年越しそばは家族の縁を願って食べられるようになったとの説もあります。こちらも長く伸ばしたそばの形状に家族の縁を重ね合わせたものです。

日本には住居を変えた時に食べたり、隣近所に配る「引越しそば」と言う風習がありますが、これも「末永くよろしくお願いします」と言う意味が込められており、年越しそばも同じように長い縁を願って食べるという意味を持ちます。

鎌倉時代の「世直しそば」が由来

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主な年越しそばの由来は江戸時代のものが多いのですが、中にはさらに遡った鎌倉時代に由来するという説もあります。

鎌倉時代、町人たちの生活はとても裕福とは言えずお腹を空かせている人がたくさんいました。そこで現在の福岡県承天寺はせめて年末は少しでもお腹を満たしてもらおうと、待ち人たちにそば粉を混ぜた「そば餅」を振る舞いました。すると、そのそば餅を食べた町人は翌年から良運が訪れ年末に飢えることがなくなった、と言われています。

このことから毎年年末にそばを食べる習慣が生まれます。当初は「運そば」と呼ばれていましたが変化し「年越しそば」と呼ばれるようになりました。

このように日本の年越しそばの由来には少し不思議な話もあります。

どうして年越しそばを食べるのか

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私達日本人にとっては当然に感じられる年越しそばですが、海外の人にとっては馴染みのない習慣です。訪日外国人が増え続ける今日、いつどこで日本の文化について話す機会があるか分かりません。年越しそばはどうして食べられているのでしょうか。そんな時、スムーズに応えられるように知識を蓄えておきましょう。

縁起担ぎが主な理由

年越しそばは主に縁起を担ぐと言う理由で食べられています。新しい一年を迎える前に悪運を断ち切りたい方や、次の年も健康に過ごせるようにとの願いを込めて食べるのが年越しそばです。毎年年末に食べる年越しそばもその理由や由来を考えてみると、奥深い日本文化が見えてきます。

年末の風物詩

現在の日本では年越しそばは年末の風物詩として定着しています。特に縁起を担ぐと言う理由がなくても年末には年越しそばを食べる人が多いでしょう。年越しそばを食べることで一年の締めくくりを感じたり、一年間走り抜けたと言う気持ちを味わうこともできます。気持ちの切り替えや次の年への期待を膨らませることのできる風習です。

年越しそばの歴史

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続いては年越しそばの歴史に触れてみましょう。いつの時代から食べられるようになり、どのように人々の間に定着して行ったのでしょうか。

そばの起源

まずはそばの起源からみていきましょう。そばが文献に初めて登場したのはなんと奈良時代のことです。養老6年元正天皇の時代に出された、天皇の仰せを書いた詔(みことのり)には、「今年は稲の実りが悪いため食べるものがなくなるかもしれません。蕎麦や大麦の苗を植えて飢餓に備えなさい」と書かれています。

乾燥に強く、雨風にも強いそばは昔の人々の危機を救う貴重な食物でした。もちろんこの奈良時代には現在の形としてのそばは食べられていませんが、古くから栽培されていたことが伺えます。

そばはいつから定着したのか

そばが人々の生活に定着したのは江戸時代からと言われています。

江戸時代中期、人々の間ではビタミン欠乏症の一種である「脚気」が大流行しており「江戸患い」と呼ばれるほどでした。この「脚気」と言う病気を引き起こす原因はビタミンB1不足で、江戸時代以前は玄米から摂取できていたために流行しませんでした。江戸時代中期に白米が食べられるようになり、同時に脚気が流行し始めます。

この脚気を防ぐ食べ物としてそばが定着したとされています。このように、昔の人々を何度も飢餓や病気から救った食べ物がそばなのです。

年越しそばの起源

「三十日そば(みそかそば)」と言う言葉を聞いたことがあるでしょうか。日本には江戸時代中期、毎月30日にはそばを食べると言う習慣がありました。現在でも地方や地域によっては三十日そばの習慣が残っているところもあります。毎月末に食べるそばが転じて年末に食べるそばを年越しそばと呼ぶようになりました。

年越しそばはいつから定着したのか

年越しそばが人々の生活に定着したのは遅くとも江戸時代中期と言われています。1814年の「大坂繁花風土記」にはすでに現在の大阪で年越しそばが食べられていると言う記述があります。

もっとも、今の年越しそばとは少し違い一年の終わりとされていた節分に年越しそばを食べる風習がありました。このようにしてそばの歴史を追ってみると、とても古くからそばが愛されていたことが分かります。

年越しそばは喪中でもたべるのか

年越しそばはいつ食べるのが正しいのか・食べる理由・歴史|喪中

日本人ととても強い繋がりのあるそばですが、このような風習は度々疑問の対象となりませんか。例えば近親者が亡くなった場合、年越しそばは食べるべきなのかどうかと聞かれて答えることができるでしょうか。続いて年越しそばを巡る疑問を解決していきましょう。

そもそも喪中とは

そもそも喪中とは何なのか詳しくない方もいるでしょう。もう経験したことのある方も今一度喪中について正しく知っておきましょう。

喪中は誰でも知っている言葉ですが、近親者が亡くなった場合のしきたりは「忌中」と「喪中」の二通りがあります。

「忌中」は近親者が亡くなる不幸があってから四十九日間のことを指します。一方喪中は細かく分けると亡くなった方との関係により期間が異なります。亡くなった方が両親などの親しい間柄である場合は12ヶ月から13ヶ月喪に服すのが一般的です。兄弟や祖父母である場合は約半年が喪中に当たります。

喪中期間に避けるべきこと

忌中は基本的には全てのお祝いごとを行ってはいけないとされており、結婚式への参加や神社へのお参りなども避けなければいけません。

四十九日が明ける「忌明け」となれば、その後は喪中に入ります。喪中に迎えるお正月は年賀はがきやおせち料理、初詣などの新年を祝う行事は全て中止するのが一般的です。では年越しそばはどうなのでしょうか。見ていきましょう。

喪中は年越しそばを食べるのか

喪中は年越しそばを食べるのか。それは年越しそばの持つ意味や由来を考えると分かります。

年越しそばには「新しい年を祝う」と言う由来はありません。お祝い事の意味を持つ習慣ではないため、喪中でも年越しそばを食べることは制限されていません。

自分や家族の長寿や幸せを願うものですので、お祝い事とは一線を画していると考えられています。以上の理由から、喪中であっても年越しそばは食べても良いとされています。

日本の風習を大切にしましょう

今回は年越しそばに注目してその由来や歴史、さらに他の習慣との関連などについてお話をしました。

健康や金運、長寿などを願いながら食べる年越しそばは、昔の日本人が育んできた大切な風習です。これから先の未来も日本の文化が失われてしまわないように守って行きましょう。

また、海外の方に質問をされた時は正しく日本のことを知ってもらえるよう、身近にある日本の文化に興味と疑問を持ちましょう。きっと話が弾むことでしょう。

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